Happy Halloween?
今日は10月31日。つまりハロウィンである。誘拐されて記憶を失ったルークにとっては、今日が初めてのハロウィンだ。屋敷では客を招いて、メイドや騎士、旦那様達で仮装パーティーを行っている。

「さてと、そろそろルークを起こさないとパーティーが始まっちまうな」

そう自分に言い聞かせるように呟いた。
昼間は初めてのハロウィンだと楽しみにして、騒いでいたからか、昼食をとったルークは自室で爆睡中である。このまま寝かし付けていても良いが、ルークのことなので何故起こさなかったのかと怒って拗ねて、しばらくは口を聞いてもらえないだろう。それは結構辛いものがある。
起こさなかった場合を、簡単に想像出来てしまい、口元を弛ませると腰掛けていたベッドから立ち上がった。

コンコン。

と、扉が叩かれた。

「?…はい、」
「ガイ?ちょっとトラブルが…」

誰なのかと思い返事をすると、部屋の中を伺うように少しだけ顔を出しながら仮装をしたメイドが姿を見せた。

「トラブル、って何があったんだい?」
「実は…ルーク様が、」
「ルークが?」

メイドを部屋へ入れ、事情を聞いた。
彼女の話によると、ルークを起こしにいった際に、ルークが起きた途端に叫びながら逃げてしまったということらしい。屋敷から出られることはないため、まだ旦那様達には知らせていないようだ。

「旦那様達…特に奥方様には言わない方がいいな。余計な心配をかけちまうからな」
「分かったわ。私達と騎士達とあなたで探しましょう」

とりあえず、普段の格好では目立ってしまう。素早く衣装に着替え、ルークを探しに自室を後にした。
メイドや騎士も探しているとはいえ、実際そのほとんどが仕事に追われ、とてもルークを探しになど行けず、手の空いてる人間は俺だけに近かった。
ルークの部屋、中庭、玄関に厨房。色々探し回ってみたが見つからない。こんなに難易度の高いかくれんぼは初めてだ。あとあいつの行きそうな場所は…と、考えながら自分とペールの部屋の前を通りすぎるとき、中から人の動く気配がした。もしかするとルークかもしれない。
ドアをゆっくり開け中を確認する。思った通り、ルークが居た。俺のベッドの脇で、体を縮めて蹲っている。

「やーっと見つけたぞ、ルーク」
「…っ!」

びくっと弾かれたように顔をあげてこちらを見ている。一歩、部屋の中へ足を入れたのだが、

「く、くるなっ!」

強がった声が俺の動きを止めた。ルークは体を起こし壁に背をつけて、敵対心むき出しでもう一度来るなと言った。こんなにあからさまな態度をとられるのは初めてですごくショックだった。

「る、」
「……んだ…」
「え?」
「みんなをどこに隠したんだって言ったんだよ!」

さっきから唐突すぎて思考が全く追い付かない。何かの遊びの延長でもあるまいし、文字通りさっぱり、お手上げ状態だ。 しかし、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を見ているのも楽しくはないし、メイド達にも見つけたと伝えて面倒なことになってしまう前にそれを回避したい。

「…俺だって男だ…お前なんか怖く、怖くなんかねーぞ!」
「え、ちょ、ルーク、だから…っておわっ!?」

状況は相変わらずだが、宥めようとするもむなしく、ルークは泣きじゃくったまま俺に飛び付き、力の上手く入らないこぶしで殴りはじめた。ぽかすかという効果音が入りそうな、何ともかわいらしいパンチだが。

「ルーク、痛いって…」
「うう、っく、ひ…ガイ…。こんなの…っやだ…!」
「ルーク…おい、っく!」

ルークの身長に、視線に合わせるように腰を折り曲げたところへ、びくりと肩を震わせて、(反射的になのだろう)伸ばしかけた俺の腕を振り払おうとしたルークの手のひらは、それとは叶わずに俺が付けていた仮装用の仮面を飛ばした。
仮面が床へ軽い音を立てて落ちるのを視線で追うが、ここまで錯乱する存在には適う訳もなくて、視線を、

「…ガイ」
「え」
「ガイ…ガイ、ガイ!」
「え、や、あの」

戻したら錯乱が治まっていた。全く、本当にさっぱりすぎて、夢なのかと思ってしまった。人間、ここまで唐突な事態に陥ると、夢なんじゃないかと思うのは、間違いではなさそうだ。
その上、さっきまで殴り続けていた腕は俺の腰に回されて、存在を確かめるように擦り寄っている。まさかこんな、これは夢でなくていいかもしれない。

「よかった、ガイ…。戻ってきたんだな。信じてたんだぞ?ありがたく思えよ」
「あのー…、ルーク様?いまいち状況が、分かんないんだけどな…」

安心しきった瞳は俺を映していてその中の自分と目が合う。瞳の持ち主は先程の俺の言葉に自慢気に語りだした。

ルークの話から察するに、昼寝から起こされた時、メイド達が仮面を付けて仮装しているもんだから、それを何か操られているんじゃないかと勘違いしたみたいだ。
まあ、そりゃ何の知識もなくこんなに幼いんだから、ありえないことはないだろう。さて、どう説明したものかな。別にこのままでも個人的には楽しいが、間違った知識のまま成長してしまっては俺の立場的に大問題だ。
ルーク曰く仮面の呪いから俺を解き放つことが出来、はしゃいでるところ本当に申し訳ないんだがね…。



「なーんだ。やっぱり違うのかよ」
「え、分かってもらえたってことでいいのか?」
「バカにすんなよな!今日はみんなで変装して遊ぶってことだろ?」
「う、ん。まあそういうこ、」
「じゃあこうしちゃいられないっつーの!」

がっかりするんじゃないかと思ってびくびくしながら説明したのに、この有様である。
俺を映していた瞳は、キラキラ輝いて、すっと俺から離れ、楽しそうに部屋を飛び出して行った。

「つ、かれた」

思わずぼやいた。



「まあ、そうだったのね。みんなにも伝えておくわ、お疲れ様」
「ああ、ありがとな。君もお疲れ様」

ルークのことを伝えてきたメイドにこれまでのことを報告し終えたところで、どっと疲れが押し寄せてきた。明日はパーティーの片付けに、朝早くから動かなくてはならないため、先に就寝させてもらおうと、旦那様達の部屋へ向かった。

「ガイ?あら、ちょうどよかった、あなたを探していたのです」
「奥方様?」

部屋をノックしようとしたところで後ろから奥方様に呼び止められた。こっちもちょうど、というところだな、なんて失礼なことを考えてしまったが。

「先程ルークへ菓子のプレゼントを渡し、夜も遅いので今日は食べてはいけないと言い付けたのですが…」
「分かりました。心配なのですよね?今夜はルーク様の部屋で休ませていただきます」
「ありがとう。それではまた明日」
「おやすみなさいませ」

さて、これで今夜はルークが眠るまで眠れなくなってしまった。おとなしく眠ってくれると助かるんだが。

「ガイです」
『入っていいぞ』

扉をノックすると中から機嫌のよさそうな返事が聞けたので、失礼しますとつぶやきながら扉を開くと、部屋の電気は消されており、窓からの月明かりが差し込んでいた。
ルークはすでにベッドに潜っていたが、そこは奥方様の勘があたりそうだ。

「ルーク!」
「わっ、なにすんだよ」
「奥方様に言われたんだろう?今日は駄目だ」
「ちぇー…」

布団をはぎ取れば、隠されていたキャンディーやらクッキーやらが見つかった。

「ちゃんとこれで全部だな?」
「ぜんぶだよ」
「よし、いい子だな」
「ん、ガイ…なあ一個だけ…」
「だーめ」
「いいだろ一個くらい!よっと!」

たくさんの菓子を籠に戻し、素直なルークの頭を撫でたが、やはり一筋縄で丸く収まる奴ではなかった。
手の届かないように腕をあげたが、ベッドのスプリングを生かして飛び跳ねあっさりキャンディーを一つ奪われてしまった。

「こら…あんまり困らせるなって」
「ケチガイ!」

頑なにその一つを食べようとするから、こちらも困らせてやろうと、いい考えが浮かんだ。

「ルーク。Trick or treat?」
「とり…え?」
「お菓子くれないと悪戯しちゃうぞって意味。ほら、それもしまうぞ、」
「やだよ!これは俺がもらったんだから、ん…おいしい」
「……やれやれ」

俺の手がのびてくると、とっさに口に放り込んでしまった。
溜息を吐き出して、菓子の入った籠を棚にしまいながら、ちらりとルークの方を盗み見た。美味しそうに飴玉を頬張って満足な笑顔だった。



今、君に悪戯を。
その唇を奪ったら、何味なんだろうか。



(きっと、あまい)
ハロウィン/ガイ子ルク(2010/10/07)